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Les Palets d’Or de Benard Sérardy ベルナール・セラルディの「パレ・ドール」 その1

Le Palet d’Or ; パレ・ドール」と言えば、フランスLyon ;リヨン にお店のあるショコラトリー
Bernachon ;ベルナション」のものがとても有名ですね^^
日本でも多くの方が実際に食べたことがあるのではないでしょうか。
表面に散らした金箔で飾られた、平たい円盤状のボンボン・ショコラは、ここ以外にも多くのお店で目にすることが
出来ます。
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    ↑ こちらはベルナションのパレ・ドール。金箔を散らした上にガナッシュをチョコがけしてのせていきます。

このボンボンは、Auvergne ;オーヴェルニュ地域圏はAllier ;アリエ県の県都Moulins ;ムーランのショコラティエ、
Bernard Sérardy ;ベルナール・セラルディによって1898年に考案されました。
軽くコーヒーの風味を付けたガナッシュを少しビターなクーヴェルチュ―ルで上掛けしたものに、金粉を散らした
丸く平たい形のボンボン。飾りに金箔が使われた最初のチョコレートでした。
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                ↑ Les Palets d'Orのお店で販売されていたパレ・ドールのコフレ。


店の歴史
この店は1835年Mr.Gaillard ;ガイヤール氏によって創業、元々はソーダ水とシロップの製造販売を
行っていました。
1866年ガイヤール氏は、Confiseur ;コンフィズールだったベルナールの父に店を譲ります。
ベルナールの父は見習いを始めたばかりの息子をSt Etienne ;サン・テティエンヌにあるWeiss ;ヴェイスをはじめ、多くのショコラトリーで修業をさせるべく送りだしました。

1898年、ベルナールは父の店を継ぎます。
Le Palet d’Or ;パレ・ドール」は、このことを記念して考案されたものだったのです。
本物の金箔がひかり輝く、この美しく斬新なボンボンはあっと言う間に町の人々を魅了。
この繊細で美味しいボンボンは贈り物としても使われるようになり、地元のみならず、フランス中更で有名になり、
更にその名声は外国まで広まって行きました。

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パレ・ドール考案と同時に、彼は店の外観と内装をイタリア人画家Galfione;ガルフィオン指導の下、
ムーランの美術学校によってネオ・ゴシック様式に美しく改装、現在でもそのまま保存されています。
19世紀末~20世紀初頭までNevers;ヌヴェールにアトリエを構えていたPietro Favret ;ピエトロ・ファヴレ
(1871-1936)のモザイクも入口の床に使われています。
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↑ こちらがそのタイル。「SERARDY」の文字の他、端に「P FAVRET MOSAISTE NEVERS」という文字が見えます。

店の名声は広まって行くばかりでしたが、1914年、第一次世界大戦がはじまるとベルナールは招集され、
2年後に戦死。
主人の居ない店を守っていた彼の妻は店を閉めます。

戦争が終わって平和が戻ると、店はCarré ;キャレ夫妻に買い取られ再びパレ・ドールが作られるようになり、
パリの百貨店「Au Bon Marché;オー・ボン・マルシェ(現在のLe Bon Marché)」でも
販売されるようになりました。

その後はキャレ夫妻からBellat ;ベラ夫妻へ、
1977年にはEvelyne ;イヴリンJean Jarriges ;ジャン・ジャリッジュ夫妻へと引き継がれていきます。


◎ さて、私がムーランの町を訪れたのは2003年6月のことでした。
日本からアポイントを取っていったおかげで、ラボもじっくりと見学させて頂くことが出来ました。

まずは建物の外観と店内の装飾がとても美しく、きちんと手入れをされていることに感動!

この日ラボで働いていたのは15年ほどの経験があると言う31歳のPatricia ;パトリシア
彼女が先頭にたって取り仕切り、40年働いていると言うベテランのHuguette ;ユゲット
彼女よりも少し若い女性、そしてジャリッジュ氏の4人。
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↑ こちらは取材当時新しく導入されたという機械。パレ・ドールの中身(ガナッシュ)を沢山絞りだすことが出来、
小さなチョコカップに中身を詰めることも出来る。


ボンボンの中身にチョコレートの上掛けをするための機械、 enrobeuse ;アンロブーズの他にも、
パレ・ドールの中身を沢山丸く絞り出す機械や出来あいのチョコレートカップに中身を自動的に詰める機械等々、
思ったよりも近代的な機械が配置されていて正直ちょっとビックリ。

「機械が故障した時には昔のように手でenrober;アンロベ(チョコを掛ける)することもあるのよ」とユゲットが
パレ・ドールのアンロベ作業を見せてくれました。
チョコレートフォークを使って1つずつチョコを掛けて板の上に置くと、隣の女性が小さなプラスチック状の板を上にのせて軽く押さえていきます。
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                  ↑ 手作業で行う時のアンロベ。左側がベテランのユゲット

昔からありそうなパート・ダマンドのボンボンの他に、手作りのリキュールボンボン、フルーツキャラメル等もあって、
技術的には新旧入り混じった感じで、なんだか不思議に感じました。
そして何よりも気になったのは、パレ・ドールに本物の金箔ではなくて転写シートが使われていたこと !

ジャリッジュ氏に話をお聞きしていくうちに、
退職を目前に控えて後継ぎの居なかった夫妻は店を引き継いでくれる人を探し、
2002年「A la mère de famille ;ア・ラ・メール・ドゥ・ファミーユ」の所有者でもあるEtienne Dolfi ;
エティエンヌ・ドルフィ
氏に売却していたことが分かりました。
しっかりと店の引き継ぎを行う為にジャンは店の顧問、妻のイヴリンは支配人として2008年まで店で働くことに
なっているのだそうな。


取材の後、ご夫妻はお昼ごはんに誘ってくださり、食事後は退職後ゆっくり暮らす為に購入したという
町外れにある自宅へ案内して下さいました。
ここを気に入った一番の理由は「薪釜があったこと」と嬉しそうに話す様子がとても印象に残っています。
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                       ↑ こちらがパン焼小屋の中にあった薪釜

今、この窯はどうなっているのでしょうね^^


その2へ続く


                                ※※※


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by le_cacaoyer | 2013-09-07 13:58 | ⑦Centre
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